シーソーの真ん中で綴る人

ジッセンジャー系ライトワーカー/魂の翻訳家(見習い中) ~いっぷう変わった、ある男の生きカタログ~ since2021.5.12

視点が生むチカラ

今回は「いっぷう変わったチカラ」について綴ります。

先日、老人ホームにいる母と久しぶりに面会し、
こんなツイートをしました。

 

 

新型コロナウイルスによる
緊急事態宣言での面会禁止期間があったり、
施設内でクラスターが発生したこともあり、
約半年振りの面会。

母自身、先月新型コロナウイルスの感染者として
10日間入院していたこともあり、若干体力や気力の
不調がまだ残っている様子でしたが、
基本的には日々穏やかに過ごせているようで安心しました。


面会時間は25分くらい。

ガラスを隔てて向き合い、
母は建物内で、私は外。

母は施設のガラケーを使い、
私は自前のスマホを使っての会話。

母は手が震える症状があるので、
ずっとガラケーを持ち続けることができず、
時折、太ももにガラケーを置きます。
その際、私は自分の声が届くよう声を大きくします。


母と話しながら私はこう思うのです。

「なんだこの状況は。
 まるでアメリカの囚人との面会みたいじゃないか。
 いや、それ以上にひどくないか?」と。

怒りがふつふつと湧いてきます。

この状況、いえ、この新型コロナウイルスによって
世界を混乱させている、悪意ある人達に対して。

心が荒れるまでには至りませんが、
静かながら存在感を放つ「許さない」という感情が
心奥をたぎらせるのを感じました。


しかし、その感情を通り越す別の視点が、
私の中を差し込み、この状況に対する別の認識を広げてゆくのです。

「このすべての状況は、私の深い部分、魂が、
 すべて認め、受け入れ、起こしている」

「怒りや『許さない』という感情は被害者意識から来るもの。
 無意識な被害者意識は続けたくないが、
 今回はこの感情を否定したくない」

「感情に飲み込まれず、
 しかし、この感情を無駄にはせず」
 
「私はこの怒りや『許さない』という感情を
 ツールとして使い、自分を推進させる燃料にするんだ」


この認識により、
私は単なる善悪の物語を超えた、
新しい内なるチカラが生まれてくるのを感じました。

そして、私はその内なるチカラを用いて、
翌日、ある行動を起こすことになるのですが、
それはまた追々綴ります…。

 

さて、ちょっと今回は熱い感じの文章になりましたね笑

でも、こういう視点の切り替えができるか否かは、
今後の世界の変化において、とても重要だと思います。

それを思えば、これくらいの熱さなんて生ぬるいでしょうね。


なお、母が新型コロナウイルスに入院したことに関する記事は
以前シリーズにして綴っています。
それらの記事も視点の切り替えをポイントとしている内容ですので、
もしよければ以下の記事をお読みください。

 

視点の選び方① ~2つの視点~ - シーソーの真ん中で綴る人

視点の選び方② ~コロナで苦笑~ - シーソーの真ん中で綴る人

視点の選び方③ ~「PCR検査」という名の揺さぶり~ - シーソーの真ん中で綴る人

視点の選び方④ ~すべては演技~ - シーソーの真ん中で綴る人

 

それではまた!!